遺族からの訴え
エミコ・クーパー
昨年、八月の東京地裁での敗訴に続きまして、今度の高裁の方も、全くおかしな事で終わり、唖然としており、言い表す言葉も見つかりません。
東京地裁での敗訴の後、帰米しまして約半年間、私は一日四時間前後の睡眠で、あれこれと考え、悩みまして堂々巡りを繰り返し、私の少ない知識でありましても、そのたびに落ち着きますのは「父たちの件自体そのものではなく、もっと大きな事にある」、これでした。
「もっと大きい」こととは、「現代の日本の状態・立場」ということで、これを正さない限り私どもがいくたび裁判を繰り返しても、決して正しい解答は出ないのではないか、と思われます。
「型ある物」が曲がっていると、「その影」も曲がるのが当然ですから、まずは「型ある物」を正すことで、「父たちの事」、そして今難題とされていることの数々も容易に解決できるのではないかとも思われてなりません。
現在の日本を見ていると、親子喧嘩や兄弟喧嘩のような様相を感じます。数々の違った見方、考え方で、沢山の人々が発言していますが、一体このような状態は、日本の「弱み」をさらけだしているとしか思えません。どこかの国々を喜ばせ、笑いを誘い、わが国の弱みに付け入らせる策謀があるのでは、と感じてしまいます。
第二次大戦中、私たちは子供でしたが、「一億一心、火の玉だ!」と教えられました。「火の玉」など、現代の若い人々には、考えることすら叶わないと思いますが、しかし、国民全員が心を合わせ、安全を守り、平和と繁栄のための努力を払わなければならないことは、よく分かっているはずでしょう。
ところが、「日本人らしくない日本人」が、少なからずいると知り、じつに不思議でなりません。四十年間、国外に在住し、外から日本を見ますと、「何と愚かなことか!」と信じられない思いと、大きな恐怖、心配で居た堪れなくなります。
また、たとえ日本で、人々がどの様に「平和」を望んでも、現代の大海には沢山の飢えた鱶や鮫らが、ウヨウヨと回りにいます。すきあらば、と狙っている状態であれば、大事が起こる前に自らを守る何らかの方法を持つべきで、それを実現しないならば、世界の隅で、吸う息、吐く息、すべてガキ大将の顔色をうかがっての、全く望み無き不幸を背負って生きることになります。
日本人たちは、礼儀の正しさ、謙遜、控え目、遠慮などを美徳の一部として教えられ、生きてきました。今日でもそれらは変わりなく良いことで、大切なことと私自身も信じており、そのための苦痛を長い歳月、味わってまいりました。
しかし、一歩外に出ますと、それ等とは違った見方をされ、「弱い」「恐れる」「諂う」等に逆に受け取られてしまうのが現実ですから、もっと勇気を出して大声で全世界に、真の日本と日本人たちの歴史と現状を伝え、誤解を解き、誤信を糾さなければならないと思います。そしてそれに成功しましたら、「父たち」のことで、白を黒といわされている人々も、勇気をもって「白」を「白」、「黒」は「黒」とはっきり発言できるはずだと、私は信じます。
私たちは、「日本の異常な状態」に逆らい、裁判を起こし、そして地裁・高裁と正しくない判決を受けたように思います。「風車に立ち向かうドン・キホーテ」にも似た絵が頭に浮かび反省しています。
と申しましても、今日まで数々の犠牲を払われながら、支援し続けてくださいました方々、また、日本中のどこにでもいてくださるであろう「向井・野田両少尉の無実」を信じて下さっている方々のためにも、私は遠くに戻りまして、七十歳になりました今日も、私ながらの知識を得る努力をしながら、私にできることがあれば、と考えをめぐらせております。
遠くにありましても日夜、「美しい家、日本」と「善良な日本の兄弟、姉妹の皆々様」を心から案じて止みません。
いつの日か、私の地上での時間が終わりました時は、父たちと同様に、私の魂も故国、日本に戻ることを望んでおります。
いろいろとお世話くださいまして、ありがとうございました。心より厚くお礼申し上げます。
(二〇〇六年五月三十日)