遺族からの訴え

 (平成18年10月13日司法の歪みと対中外交を糺す決起集会での発言)

野田マサ
 野田毅の妹のマサと申します。昨日、鹿児島から上京して参りました。先ほど稲田先生の話を聞いていた兄のことを思い出して、涙しました。兄の話をすると私はいつも涙してしまいます。皆様方には常日頃ご協力いただいて、このたびも署名運動にご賛同いただき篤く御礼申し上げます。私も郷里もほうで一人一人、一軒一軒回って署名への協力を呼びかけています。この前もちょっとした集会にお邪魔してお願いしたところ、皆様こころよく署名してくださいました。若い方は「それはなんのことですか?」と聞かれますが、「昭和十二年の戦争の頃の話です。兄が新聞記者の話に乗せられて、『百人斬り競争』として新聞に掲載され、それが唯一の証拠として戦犯として処刑されました」と答えると、「そんなこともあったんですか」と感心されます。
 兄は処刑されたのですが、日中友好を願って「中国萬歳」と言って殺されたのです。それを思うと今このような仕打ちを受けて誠に残念でありません。何としても南京虐殺記念館に並んでいる兄たちの写真を写真を撤去してもらいたいと、強く願っております。

 

エミコ・クーパー
 向井敏明の長女、エミコ・クーパーと申します。皆様方にご援助をお願い申し上げたく、一週間前よりアメリカよりこの集会に参加するために来ました。十二歳の時に「父たちの写真と新聞記事がなかったら」とどれだけ思ったかわかりません。あの写真を撮られた佐藤カメラマンを一度として恨んだことはありません。東京高裁では、佐藤氏は高齢ながら出廷していただき証言をいたしたのに、無視されてしまい、皆様ご存知のように敗訴となり、今日に至っております。
 中国各地の記念館では、父たちの写真が等身大に引き伸ばされて日本軍の残虐行為のシンボルにされていると聞いております。遺族の娘としては、たとえ写真であるとはいえ、無実の罪を負わした国々の人々の手によって落書きをされ、ナイフやカッターで傷つけられているということを聞くのは、耐えがたいことであります。
 自分が殺される国と、二度と戻れぬ祖国、両方の平和と繁栄を神仏に祈念して散った野田毅、向井敏明の二人が、五十八年たってなおこのような取り扱いを受けていることは不公平で人道に反していると思います。私どもと一緒に日本政府にお願いして、中国政府に対して将来のもっと大きなことのための始まりの一つとして、あの写真を公衆の面前より取り除いてもらうよう訴えかけていきたく思います。皆様のご好意、ご協力に篤く御礼申し上げます。

 

向井千恵子
 向井敏明の次女の向井千恵子です。平成十五年に提訴してから早くも三年半過ぎまして、地裁も高裁も大変残念な結果になりましたが、いまの日本の情勢に鑑みますと、原告に勝たすわけにはいかなくて裁判所が非常に厳しい判決を下しました。なにも私たちは父や兄を返せだとか、補償金を出してくれだとかそういうのではないのです。ただ原告としては、「百人斬り」という記事をもとにした出版物が次々と出ているのに、それでもなお遺族は泣き寝入りを強いられているということがとても悔しいということです。
 「百人斬り」の記事が歪曲されていることに対して、裁判所は一体何を審議したのでしょうか。こんな書き得≠ヘ許されてはならないことです。本当に悔しい気持ちで一杯です。中国にはたくさんの抗日記念館があります。二〇〇八年にはオリンピックがありますが、このときに世界に向けて南京虐殺記念館はアピールしようとしております。また世界遺産に登録しようとしているそうですが、あんなデタラメな展示が登録されたらそれこそ大変なことになります。
 皆様のご支援により、このような決起集会を開いていただき、皆様より激励を頂戴して、勇気が湧いてくる次第です。私たちもさらに頑張ります。皆様方も今後ともご支援をよろしくお願い申し上げます。